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在中19年目の作家・谷崎光が中国とアジアの本当”をお伝えします。ときどきゲストも!

それでもみんなが見る紅白歌合戦を、令和の時代は止めた方がいい本当の理由

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私は紅白歌合戦が好きだった。

あまりテレビを見る方ではなかったけれど、歌謡番組が大好き(”歌謡曲”が好きなのである)。

家はお正月はお客さんがたくさん来た。
母は準備に大わらわ。手先の器用な私は小学生からおせちの飾り切り担当とか、(家にいるとじゃまな)父と黒門市場に買い出し担当だったが31日の夜、紅白が始まるとテレビの真正面に座って、動かなくなる。

トイレに行くときはタイミングを計って全力疾走。そこまで一生懸命見なくても、と思うほど全力視聴である。

この習慣は大人になっても続き、海外(中国)にわたっても最初の数年目まで熱心に見ていたと思う。

日本のハレ(あり得ないこと)は男女が対等に戦うこと

違和感を感じだしたのと、日本的洗脳が解けたのは同じ時期だったかもしれない。

これなんで”男女”で戦っているの?

紅白はようは年に一度のお祭りである。
祭りというのは、日ごろいろいろ押さえていることをやって発散したり、常識やルールの逆が許されるハレの場である。

つまり日本の日常ではありえないのが、”男女”が同じ”土俵”で対等に戦うこと。

 

それを芸能の世界で年に一度、やってみせる。それが放映される家庭は、”一人で”てんてこ舞いの母(女)であり、”家にいるとじゃまな”父(男)である。”子供”だけが座って見ている。

この”子供”たちは長じて、どちらにもなりたくなくて、独身が増え、子供が減った。

あいまいで不明な選考基準、芸能汚職の温床

そしてその、”建前”の家族とか絆とか、ほのぼのとした番組作りの裏側で、毎年ささやかれる汚職疑惑。

(なんでこの人、毎年出てるの?)
(選考権のあるプロデューサー、大儲けだって)
(昔は、紅白に出たら、あと3年はドサ回りで食えたそうだけど、今は……)。

選考基準があいまいなのは、選考をエサにしたコントロールのためである。内情を口にした歌手やタレントは”干され”、黒社会まがいの芸能事務所が力を持ち、同じことがそのまま続く。
どんなに有名な歌手でも実力があっても、対価は極小で「出してやっている」世界。影響力がある根本は、公共放送だからなのに、いつのまにやらそれの私物化。

そして出演するほうもその権威を利用した営業活動にまい進する。
あれ、最近、なんか似た事件なかった?

いろいろあっても見る方も年末だから忘れるし。

日本の縮図、紅白

紅白が日本文化というのなら、まさに日本の縮図である。

中国でも年末の大型歌謡番組はあるが、当然ながら”男女で戦う”ことはない。選考基準の不明瞭はそこは独裁国家なので、ある意味日本以上。そもそも国が押さないと大歌手にはなれない国。それこそ同じ土俵では語れない。

 

いいかげん、男女が分かれて戦う、という時代錯誤は止めたらどうだろう。
そもそも「歌合戦」の「合戦」てなによ、おっさん臭い。

「紅組がんばれー」と言っていた少女の私に、なにか声を掛けたい気持ちでいっぱいである。

紅白に違和感を感じる人が増えているなら、それが日本の変革の兆しである。