InsideAsia

インサイドアジアでは、在中18年目の作家・谷崎光とアジアの精鋭インサイダーたちが”本当”をお伝えします。

香港デモ、在住者が語る ”警察への電話も通じなかった。警察がシャッターを下ろして通報拒絶も ” 「今は香港にこないほうが!」 

 デモで揺れる香港。

メディアはいろいろ報道するけれど、香港の”なかのひと”はどんな気持ちで何を考えているのだろうか。

香港に長いManCheeFMW(@Manchee902)さんにご寄稿いただいた。

それだけならまだしも、目撃/遭遇した市民が999(日本で言う110番通報)しても、対応した警官が「怖いなら家から出かけなければいい」などと言い放ったり、999が一時不通になったり、挙句の果てに直接所轄署まで出向いたところで警察署がシャッターを下ろして通報拒絶、などという見て見ぬフリ好き放題。

など現地は大変だったようだが、文章の最後に書かれた気持ちは非常に香港らしいと感じた。

悠久の歴史の北京に長い私には出てこない言葉である。

 

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(レノンウォール。香港の反送中運動のシンボル。撮影 ManCheeFMW)

 

デモはあっても”フィジカルな危険”とは、

程遠かった香港が…。

 

  香港。ご存知の通り、世界で最も刻々と高速で変化を遂げる街のひとつだ。

 実はこの2ヶ月ほど、香港で次々沸き起こる出来事を一所懸命フォローし生きていくだけで気持ちが結構いっぱいいっぱいになっていたところである。これを書いている今でさえまだまだ浮き足立っている。

 

 最近、香港に住むわたしが外から最も多く受ける質問は「大規模デモが起こっているみたいだけど大丈夫?安全なの?」だ。

 

 香港。ご存知の通り、英国から中華人民共和国へ返還された1997年以降、50年間は維持可能と約束されたはずの民主主義(厳密には英国領地時代以来のレッセフェール)と、北からじわじわやってくる中国共産主義≒万事統制の狭間で、少しでも現在の自治、自由を維持しようと声を挙げる文化が根付いている。

 

 故に自ずと大なり小なりデモが頻発する背景があり、ある意味街も市民も“デモ慣れ“している。事前に実施の届出がなされ、参加者が何百万人になろうと基本的に秩序が保たれ(先日など人口750万人都市で200万人が参加、という記録的なデモがあったところだ*)、治安も乱れず日常生活を送るのに何ら支障を来たさない。

 

 この2ヶ月ほど香港で続いている一連の「反送中(香港政府が事件容疑者を中国本土に引き渡し可能にする“逃犯條例(逃亡犯条例)“改正法案採決に反対する運動)」デモも、デモ隊参加の市民に警察隊が負傷者を出すような攻撃を加えたり、法案を「撤回**」せず自国民への思いやりを見せない香港政府や未来に失望して自殺者が出るなど、市民(特に若い香港市民)への精神的な影響は大きいものの、フィジカルな危険などとは程遠く表面上は平和そのものに生活が回っていた。

 

 従ってわたしは当然ながら、冒頭の質問には「有難う、大丈夫。デモの際に政府施設の辺りで交通規制が出たり交通機関のアレンジが変わるだけで、全く普通に生活しているよ」と答えてきた。

 

 そう、7月21日の夜までは。

 そしてたった一夜明けただけで、わたしは来港予定の友人達に「今香港に来るのは見合わせたほうがいい」と言わなければならない状態になってしまったのだ。

 

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(撮影 ManCheeFMW)

警察に通報しても、不通だったり、

「怖いなら家から出かけなければいい」

 

 7月21日、日曜日。

 相変わらず明確な「撤回」を約束することなく、一時デモを受けて法案裁決見送りと言ったり「(法案改正は)壽中正寢(老衰で自然に亡くなりゆくニュアンスで“死亡”≒自然消滅という意味)」というだけで中国政府への忖度一直線、そして市民に拳を振り上げたことへの謝罪も死者への哀悼もないままの香港政府に対し、継続的なデモが行われることになった。

 そのうちのひとつがこの日。

 

 「反送中」デモはこの2ヶ月近くで香港内各エリアに広がり、長期化して「反送中」以外へ思惑が分散し、デモの目的に「中国大陸からの旅行客にアピール***」という主旨まで加わってきたり、警官がデモの終結を暴力的に進めた挙句市民をショッピングモールに追い込み封鎖、というようなことが起こるなど事態は混沌とはしてきていたが、相変わらず物理的な日常生活に支障はなかった。

 

 結果、数十万人(10万だったのか40万近くだったのか。警察側とデモ団体側の発表で毎回差が出る)が参加し、わたしもこの日は、デモルート沿いの歩道橋の上から何の危機感も抱かずそれを見ていられるほどであった。基本的に平和裏に終了・・・するはずだった。

 

 基本的に夜になるとデモは終結する流れだが、毎回一部の部隊は夜になっても活動を続け、政府建物に闖入したりと過激化する。この日も確かに警察隊と市民の衝突があった。

 

 ただ、それとは別に、全くもって信じられないことが起こった。

 なんと、デモ現場から遠く離れた郊外の元朗 Yuan Longという街で、デモ帰りの市民を白シャツをドレスコードにしたおっさん軍団(ヤクザ関係と言われているが詳細不明)が待ち受けていた。デモ参加者=黒シャツがドレスコード、と見てMTR元朗駅で彼らの帰りを待ち伏せし、見境なく集団で殴りつける、という暴挙に。しまいには白シャツ軍団は駅構内、そして停車した電車にまで乗り込んでまで執拗に暴力を振るい続けたのだ。負傷者数十名、重体一名の惨事に。

 

 それだけならまだしも、目撃/遭遇した市民が999(日本で言う110番通報)しても、対応した警官が「怖いなら家から出かけなければいい」などと言い放ったり999が一時不通になったり、挙句の果てに直接所轄署まで出向いたところで警察署がシャッターを下ろして通報拒絶、などという見て見ぬフリ好き放題。漸く現場に来たのは白シャツ軍団の撤収後!

 

 しかもFacebook等のポストで、地元親中派の議員や警察が、現場に出動した白シャツ軍団にねぎらいの声をかけているところや、警察関係の車両が彼らを送迎している映像が続々暴露された。

 

 市民の味方であるはずの政府と警察が、市民の被害をガン無視。

 もう、「少林足球(周星馳の映画「少林サッカー」、覚えてますか?)」の悪徳審判さながら。

 

 

 

 そして翌日、元朗とその周辺の新界西エリアのいくつかの街でこれに関連した暴力沙汰が続くという情報が回り始め、危機管理能力の高い香港人が即刻反応。このエリアの商店や金融機関は軒並みシャッターを下ろし、西部劇によく出てくるような、強盗襲来前のゴーストタウンのような状態に。

 

 それだけではない、21日の事件を聞いた全香港市民が「昨日の元朗は今日の我が街」と個々に警戒レベルを引き上げ(例えば香港内のアップルストアは16時で閉店しスタッフを帰す、など)、街が自主的な戒厳状態へ。

 

 因みに香港は亜熱帯エリアに属し、台風の生まれるフィリピン辺りの真北に位置するため、台風の通り道。

 ゆえに災害対策がかなり整備されていて、警報レベルが一定まで上がると株式市場はじめ社会機能が止まるようになっているが、台風以外で社会機能がほぼ止まるようなことは十数年住んでいて初めての経験だ。

 

白い服のおっさん6名は、

一応「逮捕」されたが……。

 

 22日に香港政府は会見を開いたが、取り沙汰されたのは元朗事件ではなく、同じ晩に起きた警官隊とデモ隊の衝突についてで、何度となく繰り返された「香港政府強烈譴責暴力行為(香港政府は暴力行為に強く糾弾する、の意。この2ヶ月間使われて続けて市民は聞き飽きている)」を繰り返すだけ。負傷した市民への心ある言葉など皆無。自分達が被害者のように会見を進めようとし、記者団に元朗事件を突っ込まれると回答はあやふや。

 

 23日になり、漸く白いおっさん軍団のうち6名が「逮捕」されたと報じられたが、政府側シナリオに織込み済みなのだろう、下手すると誰を形式的に逮捕するかくらいまで決められていたのではないかとさえ思える白々しさ(事件が仕立てられたのが元朗なのにも、それなりの意味合いが含まれていると思われるがここでは取り上げない)。

 

 ますます政府への不信感は募るだろうし、それに対するアクションも暫く続くであろう。そしてはっきり言って、原因もうやむやで白シャツ軍団野放し状態が続くようなら、今後彼らがどの街に出没して狼藉を働いても全く不思議ではない。

 

玉虫色の街、

香港

 

 香港という玉虫色の街。万事において中間的な役割を持つ街。例えば、政治的には語る者の視点や立場で何色にでもなり得るし、誰が語ろうが何となく「それっぽく」聞こえるので、土地勘のない受取り手はどの情報が正しいか、なんて言えないこともあるのが正直なところだろう。

 

 だが、安全面に関してははっきり言える。

 ここに移住して十数年来、女性ひとりで夜歩きできるほどの治安の良さを十分堪能してきた身として、香港の、たった一晩での治安変化が残念でならない。

 この状態のままでは、観光客の方が来港しても全く歓迎できない。

 一夜にして警察が裏社会のひとと繋がっていることをあからさまにするような、そして彼らが市民に無差別攻撃をしても警察が出動しない街など怖すぎる。安心して遊びにおいで、なんて言えやしない。

 

 状況変化の速い香港のこと、これを書いている間にもこれまた高速で以前の安全で自由な街に戻ってくれるのを祈るばかり。

 

 そして一方、実は香港の変化と同じくらい、我々市民自身が頭の切替え速いのも事実。

 次はどうなるだろう、そうなったらこうしてやろう、とたちまち開き直り、走りながら考える習慣がついているのは香港住民の長所だと信じている。

 

f:id:tanizakihikari:20190723192927j:plain ManCheeFMW(@Manchee902)

シノワマニア香港永久居民。東洋と西洋、古いと新しい、のバランスを愛す/A Chinoiserie mania based in Hong Kong, loves well-balanced fusion of Eastern and Western, classic and modern/偏愛東情西韻的

 

脚注:

*余談だが、その100万200万単位のデモ行進の中でも、救急車や急を要す車両が通ればモーゼの十戒のごとく人波が動いて道を明け渡すようなことも起こる。赤ちゃんや子供連れや杖を突いたお年寄りも参加する。剰つさえゴミまで拾って帰るところまで結構秩序は保たれていたほどである。

**香港市民が、何故「見送り」や「凍結」という事実上の法案改正中止ではなく「撤回」を確約させたいか。過去に香港政府が「見送り」「凍結」と述べながら時期を狙って復活させてしまったた前科があるから、という事情がある。

***ここ10年ほど大陸人が香港へ押し寄せ爆買いを繰り返した結果、不動産はじめ粉ミルクやワクチンなど生活必需品に至るまで買占められ市民の取り分がなくなった/物価が跳ね上がったという現象に対する香港人の不満をぶつけるという意味で。