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アリババのジャック・マー会長の996労働は正しいのか。貧困から這い上がった中国ZTE子会社エリートIT社員の死(上)

 中国ITエンジニア社員、定年35歳説

 

2019年の春、アリババのジャック・マー会長が996労働について、容認、支持する発言をして中国で話題になった。

996というのは、朝9時から夜9時まで、週に6日働くということである。

 

この10年間以上、中国のIT企業の発展はすさまじかった。

今は少し落ち着いたが、長い間、サービスを改善したものだけが生き残れる大戦国時代だった。

 

たとえばショッピングの配達でもフードデリバリーでも、「届かないよー。どこにあるかすらわからない」と言ってた時代から、自分のスマホで担当配達員や荷物がピコピコ移動している地図が見られたり、データーがスマホに送られてきて、「あなたの荷物は今ここでーす。●●配送の☓☓氏(携帯番号XXXXXXXXXXX )が届けるよ」となるまでが、鬼速だった。

 

 この裏にはすさまじい開発競争があった。

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急速に発展した中国 四合院から高層ビルへ 2019年、北京で開かれた改革開放40周年記念展の展示

 

アリババ以外も、テンセント、百度、京東など、大手IT企業は給料もいいものの会社に泊まり込みの日々が続く。

 

 

以前、中国でその激務エンジニアの第一世代ともいえるエリート会社員の“墜落死”が話題となったことがある。

その会社員は、貧しい農村出身にもかかわらず、有名大学を卒業し、1000万円以上の年収を得ていた。

 

とはいえ、高額な住宅ローンや(中国では珍しい)専業主婦の妻、2人の子どもに4人の高齢者を養うなど、現代の中国で勃興する代表的な“中間層”が抱えるさまざま要因を含み、中国社会を象徴する事件だからだ。

 

◆中国のネットで話題となった

◆男性エンジニアの墜落死

 

2017年12月10日、日曜日の午前中———。

 

中国の大手通信企業、中興通訊(ZTE)のグループ会社、深セン中興網信科技有限公司に勤める42歳の中国人男性エンジニアが、深セン中興通訊のビルの26階から“墜落死”した。

 

当初、その理由はリストラを苦にした自殺と報道された。

中国では自殺の報道は大して注目もされないが、この事件は中国のネットで話題になった。

 

大手有名企業勤の開発責任者で約1000万円と伝えられた給与は、ホワイトカラーの収入が上がった当時の中国でもやはり“勝ち組”である。

だが、この世代の抱える、日本人よりはるかに高額の住宅ローン、中国では珍しい専業主婦の妻、9歳の男の子と2歳の女の子、さらに彼が養う4人の老人……。

 

「一人で8人養うなんて、牛馬でもそんな使われ方、しないよ」(ネット民)

 

しかしこれは、中国の近未来図でもある。

 

注目されたのは彼の経歴である。

 

少し前までの中国では、「豊か」といえば汚職の官か起業家だけだった。

 

しかし貧しい農村出身の青年が、経済成長の波に乗って、学問で自分の人生を変え、勤勉な“サラリーマン”として豊かになったこと。

そしてその幸せも、綱渡りのような危うさをはらんでいること。

 

 

彼はまさに今の中国の、勃興する“中流層”の代表的存在だったのである。

 

◆“ひどい貧しさ”の農村から

◆「現代の科挙」で這い上がってきた人

 

亡くなった欧建新は1975年、湖南省の農村に生まれている。

 

75年生まれの欧建新は中国の“ひどい貧しさ”を知る最後の世代ともいえる。そして、毛沢東の出身地でもある湖南省は、内陸の、一言でいえば“古い”エリアである。

 

 

当時の農村は、いい教師も少ない、教材も入手できない。さらに入試の足切り点も都市の子どもより点数を高く設定される。

 

 

しかし子どもの頃から成績優秀だった欧建新は、1994年、北京の航空航天大学に合格する。

ここは外国での知名度は低いが、北京大学清華大学と並ぶ、専門ではそれ以上の国内最高峰の大学で、ロケットや、航空学、軍関係の科学技術を研究している。

 

 

私も北京大学の留学時代に、友人とよく遊びに行った。

国が別格扱いでお金を落としており、桁違いにきれいなキャンパスだった。北京大学から、軍事レーダーの研究に行った北朝鮮の留学生もいた。

 

中国の大学入試は、“現代の科挙”である。

 

 有名大学を卒業していい企業に就職すれば、農民でも都市戸籍と都市在住の権利が手に入る。いいコネクションもつかめる。中国の受験が過熱するのは、それが今も普通の人の運命をまったく変えるからだ。

 

 

今の“身分”を変えるために。よりよい人生のために、そして家族を豊かにするために……。

針の穴をくぐるような入試で、欧建新が死ぬほど頑張った、ということは、中国人なら誰でもわかる。

 

 

98年、大学を卒業した欧建新は、最初は故郷の国営の航空研究所に勤務する。その後、深センに行き、ファーウェイに就職した。そこで8年働いた後、天津の南開大学の大学院に3年通い、MBA修士のディプロマを取る。そして2011年に中興通訊(ZTE)の子会社、深セン中興網信科技有限公司に開発担当責任者として入社する。

 

 彼の妻いわく、

 

「非常に仕事熱心でまじめ。社の商品のモデルチェンジの時は、何日も続けて徹夜をし、また残業が終わって家に帰っても朝まで仕事をし、そのまま出勤していた。家族にも非常にいいお父さんだった」

 

中国人は、元来、組織や会社にここまで自分を捧げることはなかった。

地元のコネクションの中で暮らすことが多かったからである。しかし、社会的上昇を望むなら、彼は都会に出てくるしかなかった。

 

 すると会社が唯一の生活の支えになり、妻と子の生活も支える共同体になる。

 

◆定年35歳説のエンジニア

◆中国IT業の職業寿命の短さも共感を呼んだ

 

さらに中国のIT業に従事する人々の、職業寿命の短さも共感を呼んだ。

 

「私、この人にものすごく同情するわ。公務員以外、安定した仕事なんて、ないよ。42歳で開発の現場はムリ。あれは“青春飯(若者の仕事)”で、35歳で定年だよ。42歳で修士卒、経験と技術があるなら、また大学院に行くか、小さい会社で最初からやりなおせば良かったのに。弱すぎる」

「民間企業は40歳以上は、いつでもリストラされる」

 

ファーウェイは、2018年、人気携帯の開発エンジニアなど一部の社員に、約1700万円のボーナスを配ったと話題になった。しかしその半面、34歳以上の社員の一部をリストラしたとも言われている(取材に答えて華為側は年齢だけが決定要因ではないと否定している)。

 

 

中国は能力があれば、若くても高給が取れるが、一方でリストラされるのも早い。

管理職でも一般職も、それぞれ成績下位のたとえば5%をリストラする“末席淘汰”も盛んであり、変化の激しい社会で技術革新を繰り返すIT業だと、やはり20〜30代が役に立つ。中国の今の“高速発展”は彼らの生血を吸うような、早い新陳代謝で成り立っている。

 

その一方で不動産の価格がせり上げられて、夫婦で月30万円だの40万円だの、高額のローンを抱えている中国人は非常に多い。

 

北京でも上海でも、郊外のごく平凡なマンションが1億円を超えるのは普通なのである。

今の中国ではこのバブルを利用し蓄財した人も多いが、結婚前後に前金をかき集めて自分たちの住居を買い、値上がりはしたものの、売るわけにもいかずローンに追われる人も少なくない。

 

加えて、子どもの教育費の高騰である。

個人教授料などは、しばしば日本より高い。

 

さらに、一人っ子世代で、夫婦それぞれの両親の面倒を見なくてはいけない。

親が都市戸籍なら、“単位”(昔の国営の勤め先)から、祖母・祖父がそれぞれ都市部の家や年金をもらい、孫に援助している場合も多いが、農民戸籍なら社会保障は医療や年金も含め、事実上ほとんどない。

勤め先や戸籍によるが、医療の自己負担額も非常に高い。

 

夫婦のどちらかが仕事を失ったら、あるいは家族や親や親戚の誰かがちょっと病気をしたら、たちまちローンの返済が停止する綱渡りの家族もたくさん存在する。

 

「奥さん、なんで働かないの?旦那を金のなる木にしなくていいよ」

 

「お手伝いさんの費用を払っても、女性は仕事を捨てちゃダメ。いやでも続けなきゃ」

 

中国に共働きが多いのは、リスクヘッジもある。

中国は学歴社会だ。差別は性別ではなく、戸籍と学歴であり、妻が夫と同じく大卒ならば、仕事は続けており、男性と同じように高収入なことが多い。が、そうでなければ35歳をめどにいい仕事はなくなる。

 

 

周囲には国の財産を金に換え、“濡れ手で粟”で蓄財した官僚や、生まれた時から一生使いきれない財産を持った富裕層の2代目、3代目もたくさんいる。

 

新興IT企業にも、自分たちの徹夜徹夜の働きを厚顔でかすめ取っていく官の天下りがたくさんいる。

今の中国には、ベンチャーは潰したけど結局、エンジェルからの資金を蓄財したとか、都市戸籍というだけで何億もの家をもらい、それを利用して富豪になった人も都市には多い。

 

つまり、社会が理不尽だらけ。

 

 中国人がよく言う言葉がある。

 

「世界上,哪有絶対的公平!(公平というものは、世界にはない)」

 

そんな中で、勉強と真面目な仕事ぶりで這い上がり、家族を支えてきた彼の不幸に、同情、共感、またはその弱さを指摘する声がネットにあふれた。

 

 

◆社内内部のトップ同士の争いで

◆直属の上司から退職を勧告された

 

 しかし、ここまで頑張ってきた人が、そんなに簡単に自殺するのだろうか。

 

私も、ネット上に家族が拡散したといわれる、彼の死の1週間前の家族写真を見たときに、非常に疑問に思った。この時点ですでに離職の話は出ている。彼の笑顔にはその影はない。

 

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谷崎光 ダイエーと中国の合弁商社勤務を経て作家・ジャーナリスト。 2001年から北京在住18年目。著書は松竹で映画化の『中国てなもんや商社』(文藝春秋)『男脳中国 女脳日本』(集英社インターナショナル)『日本人の値段 中国に売られたエリート技術者たち』(小学館)など20冊。北京大留学。Amazonは    noteは 

 

 

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